八重山地域の研究史や文化状況についてまとめた一冊
30年余、ふるさと八重山の地域史研究に携わってきた著者が、近代以降の内外の八重山研究や調査を概観。また、「東京・八重山文化研究会」「沖縄・八重山文化研究会」を中心に書いた「研究会覚書」や、各島々でのフィールドワークの成果「記録と保存」、「八重山の戦争への視座」などを収録。
コンテンツ
第一部 八重山研究史
はじめに―八重山研究の潮流
1.明治期―民情調査と黎明期の研究
・民情視察から研究へ――田代安定の旧慣調査
・南島研究の導火線――笹森儀助の『南島探験』
・「八重山考古学」の幕開け――鳥居龍蔵の川平仲間貝塚発掘調査
2.大正期―柳田の来島とその影響
・胎動する地元の研究――岩崎卓爾と喜舎場永じゅん
・研究の種をまく――伊波普の来島
・郷土教育の重視――比嘉重徳と宮良長包
・「海南小記」の旅――柳田国男の来島とその波紋
・初の八重山方言辞典――宮良當壮の言語研究
3.昭和戦前期―台湾と結ぶ南島研究
・「八重山郷土研究会」の発足
・「南方文化の探究」――河村只雄の視点
・台湾と結ぶ『南島』の発行――須藤利一と八重山
・戦時下の八重山で――二人の外国人研究者の来訪、吉田一等兵
4.米国統治期―「起源論争」と「早稲田編年」
・『八重山歴史』の編纂と地元識者の著作
・「起源論争」起こる――金関・宮良論争
・「早稲田編年」の誕生――早大八重山調査団
・相次ぐ団体、個人の調査
・外国人による八重山研究
5.本土復帰後の研究―「される側」から「する側」へ
・石垣、東京、那覇に研究会が発足
・始動した自治体の歴史編集事業
・広がる研究分野と若手研究者の輩出
・大学による調査研究とその成果
第二部 研究会と自治体の取り組み
1.研究会覚書
・十周年を迎えた「沖縄・八重山文化研究会」
・東京・八重山文化研究会発足のころ
・八重山文化研究会活動の成果――『八重山文化論集』第三号を読む――
2.自治体の取り組み
・二十年を迎えた石垣市史――その成果と課題――
・歴史ロマンへの誘い――石垣市史編集室編『石垣島・村むら探訪』――
・後藤総一郎氏と柳田国男研究――石垣市史市民講座によせて――
・竹富町史編集の現状と課題――町史編集室の発足によせて――
・与那国町史初の成果――『記録写真集・与那国』(町史別巻1)――
第三部 地域史の現場から
1.記録と保存
・危機に立つ波照間の文化遺産
・パナリ島―廃村への軌跡
・石垣島の古井戸探訪記
・密林に消えた島の近代史――西表炭坑が物語るもの――
・八重山におけるカツオ漁業の歴史
・人頭税廃止百年に思う
・残っていた宮良長包新婚生活の家
2.八重山の戦争への視座
・八重山の戦記――その検証と課題――
・八重山戦を知る二つの本
・駐屯兵が島の戦争に見たもの――吉田久一著『八重山戦日記』を読む――
・八重山戦を考える――戦時中の地元新聞記事を中心に――
・戦争マラリアが問うもの――辺境差別が告発する「近代日本」――
付録 八重山研究史略年表
・掲載論文初出一覧
・あとがき
著者
三木 健(みき たけし)
1940年、沖縄石垣島生まれ。八重山高校、明治大学政経学部卒業後、1965年琉球新報社入社(東京支社報道部記者)。同社編集局政経部長、取締役編集局長を経て、現在常務取締役。主な著書に「西表炭坑概史」、「八重山近代民衆史」、「八重山研究の人々」、「リゾート開発」、「沖縄ひと紀行」などがある。
書評 八重山毎日新聞
まだ石垣島に夜間しか電灯がついていなかった時代のこと。ある夕暮れ時、奇妙な形をした大きな鳥が一羽、西のオッパイ山の方へ向かって悠々と飛んでいくのを見たことがある。夕焼け空の逆光だったから、その姿はほとんど影に近かったが、羽や嘴の形などは今でもはっきりと覚えている。幼心に不気味な予感、あるいは恐怖感すら覚えた。まるで恐竜時代の怪鳥のようだったからだ。
『八重山の自然歳時記』を手にしてみたとき、ふとそのことを思い出した。「西表島の珍事・グンカン鳥を釣る」というコラムにそれに似た写真があったからでもある。あれはグンカン鳥だったのか、いや、もしかしてコウノトリだったのかもしれない。そんなことをあれこれ思い出した。
八重山の四季を平易な語り口調で紹介するこの本は、約四十年間気象台に勤めた著者が地元新聞や雑誌『情報やいま』などに寄稿した八重山の自然に関する話を再編集したものである。前半は季節別、月別に気象や伝統行事、季節にまつわる言葉や伝説、野鳥の到来時期などが手際よくまとめられている。後半には「沖縄の風に関する言葉」や「海鳥の楽園・仲の神島」などが収録されており、意外な発見というか、ああ、そうだったのかと思わせるような話題が簡潔にまとめられている。文章も手慣れた省略の味があり、読者にさまざまなことを連想させるような効果を利かせている。だから、これは常に身近においておき、何か思い出したとき、あるいは何かを書こうとするようなときに、ちょいと参考にしてみる本として重宝かもしれないと思う。
また、これが地元で観光情報誌などを発行し続けている南山舎の「やいま文庫③」として発刊されたのが何だかうれしい。装丁からして-いま、石垣が元気だな、という印象を受けて頼もしい。
そこで、はなはだ僭越ではありますが、同郷の後輩からの提案として、この次は「八重山の花の歳時記」などをお書きになってはいかがだろうかとご期待申し上げます。
2003年9月13日付『八重山毎日新聞』
通事孝作(竹富町史編集室)