10歳の少年は、兄に連れられて故郷の石垣島を出た。
病気がなおればすぐに帰れると思っていた。
長い旅のはじまりだった。
1956(昭和31)年、島を出た宮良正吉(みやらせいきち)は現在76歳。大阪で暮らし、ハンセン病関西退所者原告団「いちょうの会」の会長である。いまだにやまないハンセン病への差別・偏見の解消をめざし、回復者の語り部として各地で自身の体験を伝えている。
ハンセン病の歴史は悲惨である。患者はらい病と呼ばれて差別され村の外へ追いやられ、隔離された。療養所内では男性に断種手術を施し、妊娠した女性には堕胎を強要した。「この病気は死んだら喜ばれる」……。
回復した正吉は大阪の印刷会社で働いた。社会は荒波だった。恋人ができた。プロポーズの時に回復者だと打ち明けた。「それがどうしたの?」。その言葉にあたらしいふるさとができた。ふたりの子どもに恵まれた。娘に元患者だったと告白してから5 年後、新聞記事で公にカミングアウトし、ハンセン病語り部の道を歩みだした。
本書はロングインタビューの積み重ねにより、ひとりのハンセン病患者の半生を「生の声をできるだけ生のまま」「わたし(著者)自身に教えるように」ハンセン病問題の歴史をかさねあわせて書かれた「長い旅」、その現在進行形の経過報告でもある。
目次
まえがき……3
1章 長い「旅」のはじまり……11
島を出て愛楽園へ
ハンセン病と療養所
つづいた隔離政策
八重山収容
徳田祐弼と松岡和夫
正吉、愛楽園へ入所
「自分は宮良正吉だ」
戦争マラリアと「戦争癩」
正吉が背負ったもの
2章 「選ばれた島」にて……44
トゥバラーマ
思いが歌になる
青木恵哉と安住の地
嵐山事件と大堂原座り込み
焼打ち事件から愛楽園開園まで
少年少女舎
寝食を共にする
石垣小学校時代
小鳥を飼う
父の死
3章 愛楽園「脱出」……67
将来への不安
読谷高校入学拒否事件
いつの間にか
恵まれた日本の療養所
菊池恵楓園にて
4章 「希望」の新良田教室……85
伝染病患者輸送中につき……
新良田に揺れる新芽たち
森田竹次との出会い
光田健輔と愛生園
入水自殺
5章 「社会」へ……105
いのちが輝く場所へ
「沖縄の歴史が示すもの」
自主修学旅行
社会復帰
へこたれてなるものか……
日記を焼く
6章 溢れ出る…………123
忘れること、楽しむこと
プロポーズで病歴告白
ありのままで……
不安が溢れ出る
「宮良民宿」
溢れ出る涙
7章 カミングアウト……142
語り部として
地域に戻す
支援センター
検証会議
「告白」
過去を携えて未来へ
アイスターホテル宿泊拒否事件
「責任をもって行く」
8章 退所者の孤立……161
退所者の数
退所の不安と喜び
「社会」の荒波
病歴を隠して
72歳の退所
隠さなくていい場所
最後の告白
再入所
療養所から
9章 バラバラになった家族……180
ミチコさんの体験談
ハンセン病家族訴訟
国の主張と判決
判決の意義と限界
「社会構造」
黄光男の話
家族の絆を
10章 ふるさと……202
「島を出た八重山人たち」
厳しい偏見差別
啓発活動を!
ある回復者の話
ふるさとの壁
55年ぶりの再会
母校での講演
おわりに
あとがき……227
引用文献……230
関連年表……232
八重山毎日新聞 2021年11月19日(金)より
琉球新報 2021年11月21日(日)より
ふるさとを奪われた人々
「島を出る。それは新しいふるさとに出会う旅でもある」。著者の上江洲儀正さんは「あとがき」の最終行でこのように書いている。
島を出るといっても好んで出るわけではない。ハンセン病を患ったがゆえに肉親との別れを余儀なくされ、追われるがごとく島を出るのだ。そこには病に対する社会の無知や偏見、国家が後ほど謝罪することに強権的な隔離政策があったのだ。
本書はハンセン病者や家族に対するに人々の軌跡を描いたものである。特に10歳のことに石垣島を離れざるを得なかった一人のハンセン病回復者宮良正吉の人生にスポットを当てている。宮良正吉は自らの運命に負けずに自立の道を切り開き果敢に前を向いて生きてきた。
新しいふるさとをつくり、新しいふるさとに出会う旅は、私たちへ苦難の中でいかに生きるかを示してくれている。それゆに冒頭に示した著者の感慨には万感の思いが込められているはずだ。
著者は石垣島で日本最南端の出版社「南山舎」を創業し、地域誌「月刊やいま」を刊行しているという。宮良正吉の旅路も「月刊やいま」で連載されて共感をよんだことから出版の決意につながったようだ。
本書の特色の一つに、書写の数年にわたる地道な取材があげられる。ハンセン病に関する法令書や証言集、また家族訴訟の裁判記録などを読破し、自ら出向きインタビューを行う。それゆえに聞き取った回復者の言葉や著者の感慨は説得力があり胸に刺さる。著者に培われた情熱と他者の痛みをわが身に置き換える公平で正確な目が本書を生みだしたのだろう。
本書からは多くのことを学ぶことができる。差別や偏見にさらされた人々への寄り添う著者の視点は、普遍的な悲しみと隠蔽された歴史を浮かびあがらせている。それゆえに個人史を凌駕する書となり、歴史の証言書をもなってる。歳月をかけた労作だ。貴重な提言を帯びた本書の刊行に敬意を表したい。
(大城貞俊・作家)
著者
上江洲 儀正(うえず・よしまさ)
1952 年石垣島生まれ。高卒後東京で新聞配達などをしながら夜間大学に通い、雑誌専門図書館「大宅壮一文庫」に入社。
1986年島に帰り翌年「日本や沖縄とはひとくくりにできない八重山の姿を伝える」と日本最南端の出版社南山舎を創業。『竹富方言辞典』で菊池寛賞を受賞。「月刊やいま」は創刊30年を迎える。