とぅばらーま歌は、いつも暮らしの中にあった。
『とぅばらーまの世界』では、古い音源を発掘し、また地域独特の節回しを収録、著者の大田静男さんが本文中で各曲に解説を加え、味わい深き「とぅばらーまの世界」へと誘う。歌詞や唄者の異なるとぅばらーま23曲が収録されたCD付。
名実ともに八重山を代表する民謡の一つ。「とぅばらーま」は、数ある謡の中でも、その旋律、歌詞ともに情緒ゆたかな民謡として、広く愛唱されている無形の文化遺産である。人々が愛情や生活の喜び、苦しみ、哀しみなどを歌詞にのせ、歌い継いで来たもので、毎年旧暦8月13日に石垣島で行われる「とぅばらーま大会」は単独曲の民謡大会として最も有名。
大田静男、山里節子、国吉長伸、大浜賢扶、石垣信知、石垣信栄、松竹嘉武多、仲本政子、大山音子、大山 徹、崎山用能、大濱津呂、冨田 臣、宮良イツ、花城美代、新城利貞、上地ナエ、前盛正吉、小波本直弘、石垣宗憲、高嶺ミツ、桃原 文、黒島 新、金城弘美、本竹裕助
大田 静男(おおた しずお)
1948年沖縄県石垣市生まれ。地元紙・業界紙記者を経て石垣市立図書館開館準備室で郷土資料を担当。石垣市立八重山博物館勤務をへて石垣市教育委員会文化課長を2008年退職。八重山諸島の戦史・戦後史・芸能史・ハンセン病史を調べ、『八重山の芸能』(ひるぎ社)で沖縄タイムス出版文化賞、『八重山の戦争』(南山舎)で同賞と日本地名研究所風土研究賞を受賞。著書に『夕凪(ゆーどぅりぃ)の島──八重山歴史文化誌』(みすず書房)、『八重山戦後史』(ひるぎ社)、八重山の抒情歌を描きだした『とぅばらーまの世界』(南山舎)など。2012年、八重山毎日新聞社の八重山毎日文化賞を受賞した。
石垣市文化財審議委員、とぅばらーま大会作詞の部審査委員、「沖縄県立図書館八重山分館廃止に反対し、存続を求める会」共同代表。1992年の創刊以来、月刊誌『やいま』(南山舎)で「壺中天地」を連載中。
月ぬかいしゃ十日三日月やしが
女童かいしゃー十七、八ら
(月の美しいのは十三夜の月ですが、乙女の美しいのは十七、八の頃です)。
これは八重山を代表する歌謡・とぅばらーまでよくうたわれる歌詞である。これにちなんで毎年旧暦8月の十三夜に石垣市主催の「とぅばらーま大会」が開催される。
加えて今年の十三夜(9月28日)は、待望の書・大田静男著『とぅばらーまの世界』(南山舎、237頁CD付、1900円+税)が刊行される。本書は第1章「とぅばらーまを味う」、第2章「とぅばらーまを解く」から成り立つが、どこから読んでも「とぅばらーまの世界」が堪能できる。
第1章は、『月刊やいま』に連載中の「鑑賞とぅばらーま」をまとめたものである。八重山方言による128首を「男と女・恋愛」「親子・家族」「世代・人生」「ふるさと・自然」「戦争・平和」「滑稽・春歌」「とぅはらーま」に分類し、まさに一首ずつ味わうように鑑賞している。
歌の王道はやはり恋であろう。「男と女・恋愛」には、ストレートに肝ぬ思い(キィムヌウムイ)を表出したものや、森羅万象を引き寄せながらの絶唱、あるいはアーサ汁や「焦ぬ飯」(ナマチィキヌンボン)、「魚の骨」(イズヌプニ)にこと寄せてうたった55のラブソングが収録されている。
一見、遠距離恋愛をうたったかと思われる「隔だめーる故どぅ/深さ思うり/再会い見らるば/めーひん/思ーりそんがら」(遠く離れているゆえに、あなたのことが深く思われます。しかし再会することができるならばもっと深く愛することが出来るものを)については、「親子・家族」に分類し、ある村の老夫婦の話を紹介している。
「爺さんは血圧で倒れ、他島の病院へ。家には婆さんひとりだけとなった。会う人ごとに爺さんのいる病院へ『バヌサーリハリャ』(私を連れていってくれ)と泣いてお願いした。婆さんを慰めるために老人が集まって歌遊びをしたときこの歌詞を歌ったという」。
そして「ふたりは再会することなく黄泉の国へ旅立った。歌の背景を知ればこの歌詞がいとおしい」というのである。このように著者は歌に則しながら、丹念に個々の背景と結びつけていく。そして歌い手一人一人に寄り添いながらその思いを大切に解釈していく。
「ふるさと・自然」「戦争・平和」の歌では、ときに感傷を許さない現代批評にもなっている。それは呻吟しながら地域の歴史を掘り起こし、『八重山戦後史』『八重山の戦争』『八重山の芸能』などを著した、大田氏だからこそ成しえた尊いものになっている。
また、「滑稽・春歌」の歌に、「女童すんでどぅ/まいちゃにん/買いひーだ/ならっかー/袴/むせーうらばん」(恋人にするため褌も買ってやったのに、いらないなら今すぐ脱いで返せ)、「玉乳むむんで/手や/ぱりゃど/目ねーん坊主や/じぃまかいどぅ/おーるね」(娘の玉のような乳房を揉むために手は走りさったが、男のあちらは何処へぞ)といった歌も拾っていて楽しい。
第2章では「とぅばらーま」の語源や、成立に関する考察、石垣信知氏へのインタビューなどがあり、とぅばらーまの変遷が理解できる。また「とぅばらーま大会歌唱・作詞入賞者一覧」(1947‐2011年)の資料的価値も高いが、なんといっても貴重な音源を収録したCD付きはうれしい。大田氏の歌声をはじめ、戦前の音源や、次第に歌われなくなった地域独特の節回しが聞けるのはありがたい。
著者の明快な語りによって、とぅばらーまの世界が広く見渡せるようになった。そこには著者の豊かな感受性と先人に対する優しい思いにあふれている。本書を手に取りその多彩で自由な世界に触れていただきたい。
著者は、八重山の芸能や歌謡の研究者であり、その道ではよく知られた存在である。同時に自身も古謡や節歌のほとんどを歌いこなす歌い手でもある。それだけに本書の出版は待ち望まれていた。
本書は2章からなる。第1章「とぅばらーまを味う」では数多くの中から著者が厳選した128首が鑑賞される。とぅばらーまの性格上、恋歌が55首と大半を占めるが、そのほかにも親子・家族・自然・戦争・平和をテーマとしたものや滑稽歌、春歌などがある。これらの歌が、独特の文体でエピソードをまじえながら解読されていくのだが、とにかく面白く、しかも的を外さない。
第2章は、正面切った研究論文「とぅばらーまの世界」や、子どもたちへのメッセージ、名手・石垣信知へのインタビューなどを収める。
著者は、とぅばらーまがユンタ、ジラバ、三線の影響を受けて一つのジャンルを形成したものであり、それは男女が歌を掛け合う歌垣であり、内容ももともと「恋」中心としたものだという。したがって本来、三線を伴わない、野外で歌われる歌であった(著者)。
こうしてとぅばらーまの発生、三線の影響、語源について従来の説を検討しつつ、著者自身の考えを展開していく。その過程で、昔とぅばらーまとの関係、歌ムチィ(前奏)、「返し」、歌や踊りを評価するタノールという言葉、あるいはヌドゥバリ(喉を割る)などにも独自の見解を披歴するなど、新たな視点が随所にみられ、実に刺激的である。
さて、一口にとぅばらーまといっても、昔とぅばらーま、野(ぬー)とぅばらーま、家(やー)とぅばらーま、滑稽(ばっかい)とぅばらーま、道とぅばらーま、与那国(どぅなん)とぅばるまとバリエーションがあり、それぞれ歌詞も節も異なる。
付録のCDに収録された23曲はその特徴をよく示している。固定したイメージをもっている人たちは、このCDを聴くことによって新鮮な驚きを覚えるはずである。
日本の民族音楽研究を領導した故・小泉文夫は「21世紀にも歌い継がれる民謡は、トゥバラーマのような歌である」と評価した。そのトゥバラーマの世界を懇切丁寧に解きほぐしてくれたのが本書である。
本書はトゥバラーマに魅せられた著者が、若年の頃から自ら歌い親しみ、かつ名人上手といわれた人やトゥバラーマを愛する人々を訪ね歩いた所産である。そのトゥバラーマに対する愛情と研さんの深さが本書にはあふれている。そして著者の語り口のやわらかさは、庶民の叙情歌として愛されてきたトゥバラーマを、より身近に感じさせてくれる。
本書は「第1章とぅばらーまを味わう」と「第2章とぅばらーまを解(ほど)く」の2章からなる。第1章に取上げられたトゥバラーマは128首。これが「男と女・恋愛」「親子・家族」など七つの部立で紹介されている。その中には「戦争・平和」「滑稽・春歌」のトゥバラーマもある。前者はトゥバラーマが思想をも歌う叙情詩であったこと、後者は笑いや性の欲求も歌うこと、を教えてくれる。トゥバラーマは八重山人の心の常をずっと歌い続けてきたのである。これら一二八の歌の一首ごとに、著者の人生と感情・思想が凝縮されると同時に、ひたすらトゥバラーマを求めて歩いた深い思いのこもった解説がついている。
第2章はトゥバラーマの諸側面――発生論や語源論、三線との出会いや工工四の記譜、発声法など――を解説的にまとめたものである。随所に長年の調査によって得られた知見が述べられており、著者のトゥバラーマ研究の全体像が示されている。付録のCDには、古い音源からのものを含めて23のトゥバラーマが収録されている。個性のあったトゥバラーマの演唱が画一的になってきていると慨嘆する著者の思いもまた、これを聞くことによって納得できよう。貴重な音源である。
至れり尽くせりの1冊で、トゥバラーマの本としては間違いなく第1級のものである。一読をお勧めしたい。
『とぅばらーまの世界』では、古い音源を発掘し、また地域独特の節回しを収録、著者の大田静男さんが本文中で各曲に解説を加え、味わい深き「とぅばらーまの世界」へと誘う。歌詞や唄者の異なるとぅばらーま23曲が収録されたCD付。
月の光を浴びて輝く砂浜、夜の更けるのも知らないままに歌っていたあの日……
馬車に揺られながら稲刈りを終えるヨーンバイの道すがら、
南天にさそり座が大きなハサミをふりかざしていた夏の日……
雨の滴を聞きながら淋しそうに歌った母の声……
初めて女性と歌を掛け合い緊張のあまり声が出なかった日……
殺伐とした都会で望郷の念にかられて親友と声を張り上げた日……
走馬灯のように蘇るとぅばらーまの思い出……
とぅばらーま歌は、いつも暮らしの中にあった。
馬車に揺られながら稲刈りを終えるヨーンバイの道すがら、
南天にさそり座が大きなハサミをふりかざしていた夏の日……
雨の滴を聞きながら淋しそうに歌った母の声……
初めて女性と歌を掛け合い緊張のあまり声が出なかった日……
殺伐とした都会で望郷の念にかられて親友と声を張り上げた日……
走馬灯のように蘇るとぅばらーまの思い出……
とぅばらーま歌は、いつも暮らしの中にあった。
正誤表
こちら正誤表
とぅばらーまとは?
名実ともに八重山を代表する民謡の一つ。「とぅばらーま」は、数ある謡の中でも、その旋律、歌詞ともに情緒ゆたかな民謡として、広く愛唱されている無形の文化遺産である。人々が愛情や生活の喜び、苦しみ、哀しみなどを歌詞にのせ、歌い継いで来たもので、毎年旧暦8月13日に石垣島で行われる「とぅばらーま大会」は単独曲の民謡大会として最も有名。
本文内容
第一章
とぅばらーまを味う(男と女/親子・家族/世代・人生/ふるさと・自然/戦争・平和/滑稽・春歌/とぅばらーま) 第二章
とぅばらーまを解く(とぅばらーまの世界/子どもたちへ。/インタビュー石垣信知「わが とぅばらーま」/とぅばらーま大会歌唱・作詞入賞者一覧/CD「とうばらーまの世界」解説)
CD収録曲の唄者
大田静男、山里節子、国吉長伸、大浜賢扶、石垣信知、石垣信栄、松竹嘉武多、仲本政子、大山音子、大山 徹、崎山用能、大濱津呂、冨田 臣、宮良イツ、花城美代、新城利貞、上地ナエ、前盛正吉、小波本直弘、石垣宗憲、高嶺ミツ、桃原 文、黒島 新、金城弘美、本竹裕助
著者
大田 静男(おおた しずお)
1948年沖縄県石垣市生まれ。地元紙・業界紙記者を経て石垣市立図書館開館準備室で郷土資料を担当。石垣市立八重山博物館勤務をへて石垣市教育委員会文化課長を2008年退職。八重山諸島の戦史・戦後史・芸能史・ハンセン病史を調べ、『八重山の芸能』(ひるぎ社)で沖縄タイムス出版文化賞、『八重山の戦争』(南山舎)で同賞と日本地名研究所風土研究賞を受賞。著書に『夕凪(ゆーどぅりぃ)の島──八重山歴史文化誌』(みすず書房)、『八重山戦後史』(ひるぎ社)、八重山の抒情歌を描きだした『とぅばらーまの世界』(南山舎)など。2012年、八重山毎日新聞社の八重山毎日文化賞を受賞した。
石垣市文化財審議委員、とぅばらーま大会作詞の部審査委員、「沖縄県立図書館八重山分館廃止に反対し、存続を求める会」共同代表。1992年の創刊以来、月刊誌『やいま』(南山舎)で「壺中天地」を連載中。
書評 八重山毎日新聞
月ぬかいしゃ十日三日月やしが
女童かいしゃー十七、八ら
(月の美しいのは十三夜の月ですが、乙女の美しいのは十七、八の頃です)。
これは八重山を代表する歌謡・とぅばらーまでよくうたわれる歌詞である。これにちなんで毎年旧暦8月の十三夜に石垣市主催の「とぅばらーま大会」が開催される。
加えて今年の十三夜(9月28日)は、待望の書・大田静男著『とぅばらーまの世界』(南山舎、237頁CD付、1900円+税)が刊行される。本書は第1章「とぅばらーまを味う」、第2章「とぅばらーまを解く」から成り立つが、どこから読んでも「とぅばらーまの世界」が堪能できる。
第1章は、『月刊やいま』に連載中の「鑑賞とぅばらーま」をまとめたものである。八重山方言による128首を「男と女・恋愛」「親子・家族」「世代・人生」「ふるさと・自然」「戦争・平和」「滑稽・春歌」「とぅはらーま」に分類し、まさに一首ずつ味わうように鑑賞している。
歌の王道はやはり恋であろう。「男と女・恋愛」には、ストレートに肝ぬ思い(キィムヌウムイ)を表出したものや、森羅万象を引き寄せながらの絶唱、あるいはアーサ汁や「焦ぬ飯」(ナマチィキヌンボン)、「魚の骨」(イズヌプニ)にこと寄せてうたった55のラブソングが収録されている。
一見、遠距離恋愛をうたったかと思われる「隔だめーる故どぅ/深さ思うり/再会い見らるば/めーひん/思ーりそんがら」(遠く離れているゆえに、あなたのことが深く思われます。しかし再会することができるならばもっと深く愛することが出来るものを)については、「親子・家族」に分類し、ある村の老夫婦の話を紹介している。
「爺さんは血圧で倒れ、他島の病院へ。家には婆さんひとりだけとなった。会う人ごとに爺さんのいる病院へ『バヌサーリハリャ』(私を連れていってくれ)と泣いてお願いした。婆さんを慰めるために老人が集まって歌遊びをしたときこの歌詞を歌ったという」。
そして「ふたりは再会することなく黄泉の国へ旅立った。歌の背景を知ればこの歌詞がいとおしい」というのである。このように著者は歌に則しながら、丹念に個々の背景と結びつけていく。そして歌い手一人一人に寄り添いながらその思いを大切に解釈していく。
「ふるさと・自然」「戦争・平和」の歌では、ときに感傷を許さない現代批評にもなっている。それは呻吟しながら地域の歴史を掘り起こし、『八重山戦後史』『八重山の戦争』『八重山の芸能』などを著した、大田氏だからこそ成しえた尊いものになっている。
また、「滑稽・春歌」の歌に、「女童すんでどぅ/まいちゃにん/買いひーだ/ならっかー/袴/むせーうらばん」(恋人にするため褌も買ってやったのに、いらないなら今すぐ脱いで返せ)、「玉乳むむんで/手や/ぱりゃど/目ねーん坊主や/じぃまかいどぅ/おーるね」(娘の玉のような乳房を揉むために手は走りさったが、男のあちらは何処へぞ)といった歌も拾っていて楽しい。
第2章では「とぅばらーま」の語源や、成立に関する考察、石垣信知氏へのインタビューなどがあり、とぅばらーまの変遷が理解できる。また「とぅばらーま大会歌唱・作詞入賞者一覧」(1947‐2011年)の資料的価値も高いが、なんといっても貴重な音源を収録したCD付きはうれしい。大田氏の歌声をはじめ、戦前の音源や、次第に歌われなくなった地域独特の節回しが聞けるのはありがたい。
著者の明快な語りによって、とぅばらーまの世界が広く見渡せるようになった。そこには著者の豊かな感受性と先人に対する優しい思いにあふれている。本書を手に取りその多彩で自由な世界に触れていただきたい。
2012年9月27日付『八重山毎日新聞』
飯田 泰彦(竹富町史編集室)
飯田 泰彦(竹富町史編集室)
書評 琉球新報
著者は、八重山の芸能や歌謡の研究者であり、その道ではよく知られた存在である。同時に自身も古謡や節歌のほとんどを歌いこなす歌い手でもある。それだけに本書の出版は待ち望まれていた。
本書は2章からなる。第1章「とぅばらーまを味う」では数多くの中から著者が厳選した128首が鑑賞される。とぅばらーまの性格上、恋歌が55首と大半を占めるが、そのほかにも親子・家族・自然・戦争・平和をテーマとしたものや滑稽歌、春歌などがある。これらの歌が、独特の文体でエピソードをまじえながら解読されていくのだが、とにかく面白く、しかも的を外さない。
第2章は、正面切った研究論文「とぅばらーまの世界」や、子どもたちへのメッセージ、名手・石垣信知へのインタビューなどを収める。
著者は、とぅばらーまがユンタ、ジラバ、三線の影響を受けて一つのジャンルを形成したものであり、それは男女が歌を掛け合う歌垣であり、内容ももともと「恋」中心としたものだという。したがって本来、三線を伴わない、野外で歌われる歌であった(著者)。
こうしてとぅばらーまの発生、三線の影響、語源について従来の説を検討しつつ、著者自身の考えを展開していく。その過程で、昔とぅばらーまとの関係、歌ムチィ(前奏)、「返し」、歌や踊りを評価するタノールという言葉、あるいはヌドゥバリ(喉を割る)などにも独自の見解を披歴するなど、新たな視点が随所にみられ、実に刺激的である。
さて、一口にとぅばらーまといっても、昔とぅばらーま、野(ぬー)とぅばらーま、家(やー)とぅばらーま、滑稽(ばっかい)とぅばらーま、道とぅばらーま、与那国(どぅなん)とぅばるまとバリエーションがあり、それぞれ歌詞も節も異なる。
付録のCDに収録された23曲はその特徴をよく示している。固定したイメージをもっている人たちは、このCDを聴くことによって新鮮な驚きを覚えるはずである。
2012年10月7日付『琉球新報』
砂川 哲雄(八重山文化研究会会員)
砂川 哲雄(八重山文化研究会会員)
書評 沖縄タイムス
日本の民族音楽研究を領導した故・小泉文夫は「21世紀にも歌い継がれる民謡は、トゥバラーマのような歌である」と評価した。そのトゥバラーマの世界を懇切丁寧に解きほぐしてくれたのが本書である。
本書はトゥバラーマに魅せられた著者が、若年の頃から自ら歌い親しみ、かつ名人上手といわれた人やトゥバラーマを愛する人々を訪ね歩いた所産である。そのトゥバラーマに対する愛情と研さんの深さが本書にはあふれている。そして著者の語り口のやわらかさは、庶民の叙情歌として愛されてきたトゥバラーマを、より身近に感じさせてくれる。
本書は「第1章とぅばらーまを味わう」と「第2章とぅばらーまを解(ほど)く」の2章からなる。第1章に取上げられたトゥバラーマは128首。これが「男と女・恋愛」「親子・家族」など七つの部立で紹介されている。その中には「戦争・平和」「滑稽・春歌」のトゥバラーマもある。前者はトゥバラーマが思想をも歌う叙情詩であったこと、後者は笑いや性の欲求も歌うこと、を教えてくれる。トゥバラーマは八重山人の心の常をずっと歌い続けてきたのである。これら一二八の歌の一首ごとに、著者の人生と感情・思想が凝縮されると同時に、ひたすらトゥバラーマを求めて歩いた深い思いのこもった解説がついている。
第2章はトゥバラーマの諸側面――発生論や語源論、三線との出会いや工工四の記譜、発声法など――を解説的にまとめたものである。随所に長年の調査によって得られた知見が述べられており、著者のトゥバラーマ研究の全体像が示されている。付録のCDには、古い音源からのものを含めて23のトゥバラーマが収録されている。個性のあったトゥバラーマの演唱が画一的になってきていると慨嘆する著者の思いもまた、これを聞くことによって納得できよう。貴重な音源である。
至れり尽くせりの1冊で、トゥバラーマの本としては間違いなく第1級のものである。一読をお勧めしたい。
2012年11月10日付『沖縄タイムス』
波照間永吉・沖縄県立芸術大学附属研究所教授
波照間永吉・沖縄県立芸術大学附属研究所教授