新シリーズ 「島の記憶」第1弾!
市井の人の暮らしこそ 文化の息吹が満ち充ちている
個人の記憶を地域と時代の証言に
シリーズ「島の記憶」は、八重山の文化や島びとの貴重な営みを「聞き書き」という手法で記し、個人の記憶の集積によって、時代そのものを重層的に浮かび上がらせ、地域の知られざる歴史が記録に残ることを願って刊行するものです。
第1弾として刊行された崎(崎は旧漢字)山氏は、昭和7年に竹富島に生まれ幼少年期を過ごし、終戦後は石垣島の鉄工所で奉公生活を送ります。このときの無報酬で人に仕えた日々を子や孫に伝えたいという想いが自分史を作ることの動機となりました。本書では、奉公時代の記憶のみならず、戦前の竹富島の営みについても映像をみるかのように詳細に語られ、昭和初期の島人の文化を知る上でも貴重な記録となりました。
赤鉛筆のおばあさん
ある日、学級担任の先生から言われたのです。
「明日の授業で使いますから、赤鉛筆を各自用意してきてください……」
当時の我が家は、母が女手ひとつで三名の息子を育てるため、日夜を分かたず働き続けておりました。時代は戦争の色も濃く、畑で取れた野菜を日用品に交換しながらかろうじて糊口(ここう)をしのいでいました。哀しいかな、たった一本の赤鉛筆を買うゆとりさえ持ち得なかったのです。
学用品のことで、やたら母に心配をかけられない……。
子どもながらに案じた私は、赤鉛筆のことを誰にも打ち明けずに夜を迎え、床に就きました。そして翌日、きっと私のように赤鉛筆を持って来られない子がほかにもいるに違いないと自身に言い聞かせながら登校します。がしかし、藁にもすがる思いに反し教室の全員が赤鉛筆を持参していたのです。
一本の鉛筆さえ買うこともできないのは、私だけなのだ……。
恥ずかしさのあまり、私は学校を飛び出し、母のいる畑へといちもくさんに向かいました。畑仕事をしていた母は、私を見るなり言いました。
「学校はどうしたの?」
ようやく私は赤鉛筆の件を母に説明しました。話を聞き終えた母は首を振ります。
「学校を休んではならない」
しかし、赤鉛筆は無く、やはり買うこともできません。母が、とても困っているのがわかりました。すると、そこへひとりのおばあさんがやって来たのです。元気を失くし、うつむ いている私を見ると、なぜ学校ではなく畑にいるのか、と尋ねました。黙りこくる私に代わって、母が訥々(とつとつ)と理由を話します。じっと立っていたおばあさんはおもむろに着物の懐から小さな袋を取り出すと、中に入っていた小銭を私の手のひらに乗せました。
「このお金で鉛筆を買ってから学校に行きなさい」
おばあさんは優しくそう言ったのです。身内でもない、赤の他人の私に向かって……。
うれしさのあまり天にも昇る気持ちで礼を言うやいなや私は駆け出します。そして、お店で一本の赤鉛筆を買い求め、意気揚々と顔を上げ再び学校に行きました。
母も私も、どれだけありがたかったことか……。地域の子どもの皆を我が子のように慈しむ島の人の情の深さに心底感動したのでした。
やがてあの忌まわしい戦争が終わり、食うや食わずの辛い日々を送った後、私は石垣島へ単身奉公に出ます。五年もの奉公生活を無事果たし終えた私は家庭を築き、仕事を起業しました。生活にもようようゆとりが出てきたある日、ふいに昔の出来事がよみがえったのです。
― 赤鉛筆のおばあさんに会いたい ―
今こそ、こころからのお礼をしたい、いや、そうせねばならない……。
考えるだに居ても立ってもおられず、すぐさま竹富島に渡り、あのおばあさんを探しました。ところが、どうしてもおばあさんを探し当てることができず、杳(よう)として行ゆ く え方もわからずじまいとなったのです。歯ぎしりするほど悔しいことでした。だからといってむざむざ諦めることなどできません。ならばいっそ地域の皆を赤鉛筆のおばあさんとして敬えばと思うに至ります。かつての恩を地域に返すことが、すなわち唯一無二の生き甲斐と成り得たのです。
私という人間の素地は、生まれ島より授かった多くの優しさによって形作られてきました。 そして今、人生という長き道のりで出逢った事々をありのままに語ってみようと思うのです。
序に代えて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
第一章 竹富島に生まれて
幼少時代の竹富島・・・・・・・・・・・・・・・・・12
入里家の思い出・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
子どもの日常生活・・・・・・・・・・・・・・・・・46
昔の遊びと学校生活・・・・・・・・・・・・・・・・55
戦後間もない竹富島・・・・・・・・・・・・・・・・73
竹富島の伝統行事・・・・・・・・・・・・・・・・・78
第二章 石垣島の奉公時代
信恭鉄工所での奉公生活・・・・・・・・・・・・・・94
鉄工所の仕事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・110
家造り、そして結婚・・・・・・・・・・・・・・・・126
新たな家での出産・・・・・・・・・・・・・・・・・148
第三章 独立への道のり
パイン工場で働く・・・・・・・・・・・・・・・・・160
エンジニアから車輌塗装へ・・・・・・・・・・・・・183
温水ボイラーの普及・・・・・・・・・・・・・・・・192
第四章 西表島与那良田原
先人への恩返し・・・・・・・・・・・・・・・・・・210
結びに代えて 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・234
※ アガリヨイ 竹富方言で「進級祝い」を意味する。
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沖縄出版協会ホームページにて掲載されました。
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発 行/南山舎 2020年6月
本仕様/A5判 上製本 236ページ
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