第36回沖縄タイムス出版文化賞正賞受賞!
第3回 南山舎やいま文化大賞受賞作!
すべてにつながり
完結する生活がここにある
この島にいるから
手仕事の日々が続いていく
島々に住み、その地に息づく染織の技術を身に付け、あるいは生活のたつきとし、あるいは愛する家族のために、黙々と機はたに向かった人びと。
これらの人びとの語る一言一言は実に含蓄に富んでいる。著者はこれらの珠玉の言葉を的確に掬すくい出し、八重山の染織文化の本質を語らせている。
なにげない言葉の中に人生が語られ、そして、人が生きていくということの意味をも考えさせる。(南山舎やいま文化大賞選評より)
八重山の織物、人々への思い
石垣島の中央にあるバンナ岳に登ると、西表島との間に広がる石西礁湖が一望できる。エメラルドの海に点在する八重山の島々、そこには個性豊かな織物が今も息づいていることを多くの人は知らない。
八重山の織物が歴史に登場するのは、15世紀。はるか朝鮮から与那国島へ漂流した人々が当時の機具や織りの材料などを報告している。17世紀、薩摩の琉球侵攻に伴い、税徴収が強化され、八重山の島々からは税として布の納付が義務付けられる。いわゆる人頭税である。それから、約400年を経た今もなお、織物は連綿と受け継がれており、『島の手仕事―八重山染織紀行―』は、現在の八重山の織物と人の暮らしを丹念に追ったものである。
戦前、戦後、さらに復帰と70年の長い波乱に満ちた年月を織物と共に歩んだ島のバーチャンたち。不便な島にあえて戻り、藍作りや織りの手仕事を選んだ若人。人の暮らしの原点を求めて都会からやってきた人々。世果報を祈る女たちと布の話など、織物をめぐるさまざまな生き方がつづられる中で、それぞれが目指すところは、一つである。祖母から、そして母へと伝えられた島の手仕事をつなげていきたいという思いに尽きる。
島の温暖な気候に育まれた苧麻(ちょま)や芭蕉の糸、そして美しい色を生み出してくれる豊富な植物。織りの最後に、仕上げの場を提供してくれるのは青い海である。手仕事と人の暮らしは相互に絡み合い、苦しみも悲しみも、喜びへと浄化していく。
著者の安本千夏氏は、自らも織物に携わりながら、何度も足しげく島々を巡り、本書をまとめている。著者の手仕事と織物に関わる人々への熱い思いが、紙面からも静かに伝わってくる。
新しい織物を追い続けた八重山の人々。その先に見えてきたものは、皮肉にも、自然と一体となった染物、かつての手仕事であった。そこに迷いの答えがあると、本書は語っており、エッセイという形をとった記録集でもある。
2016年1月31日『琉球新報』
手技に生きる人々への讃歌
「娘に八重山に生きることの素晴らしさを伝えられたらと思い本をつくりました」というメッセージとともに安本千夏さんから美しい装丁の書物をいただいた。「島の手仕事 —八重山染織紀行—」。帯には「第3回南山者やいま文化大賞受賞」とある。その後「沖縄タイムス出版文化賞正賞」も受賞している。本書は安本さんが八重山に住む19人の染織・工芸作家を訪ねインタビューしたものをまとめたもので384ページに及ぶ大作である。
18年前、東京から西表島に移住した安本さんは、染織の世界と出会い、その深さや豊かさ、人々の暮らし方に魅了される。私が大原中学校に勤務していたころ、学校の近くにまるで絵本の世界のようなかわいくて素朴なログハウスがあり、庭にはいつも花々が咲いていた。その住人が染織をしている千夏さんだった。
生徒の郷土学習にも力を貸してくださった。以来、私は彼女の考え方や生き方に惹かれている。
千夏さんが自身も染織に携わりつつ、優れた作家のもとを訪ね、月刊「やいま」に「八重山の染織」として連載したものを基にして編んだのが本書である。
「旅から来た人」と自らを呼ぶ著者の清新な感性で、私たちの住む八重山には何物にも代え難い「島人ぬ宝」があることを気付かせてくれる。それは島々で受け継がれてきた染織の技法であり、織り手であり、さらには芸術品ともいえるその作品そしてそれらを生み出す道具たちである。加えてそれら全てを包み込む島々の豊かな自然や人々の営み、神や祈りと共にある精神文化、風土こそがその母体となっていることにも改めてうなずかされる。
かろやかな筆致の気品を感じさせる文章、それとみごとにマッチする写真。写真家のパートナー、大森一也さんとのコラボレーションから生まれたハイセンスな一冊である。巻頭の「Gallery島の手仕事」には30ページにわたって息をのむような写真が掲載されており、本編を読む期待感を高めさせてくれる。
全編に流れるのは染織文化に対するあこがれと敬愛の心、手仕事に生きる人々への尊崇であり一体感である。まるで島をわたるやさしい風や島々への慈しみが紡いだ美しいことばの織物のような書になっている。
さて、著者の取材を受け本書に登場するのは次の方々である。・大谷キヨ(福寿を育む島の暮らし)・大豪(島の色「藍」に魅せられ)・仲盛トミ・花城キミ(母貞子を偲ぶ手技に生きて)・森伸子(八重山からインドへ 海を渡る)・内盛スミ(民芸の島竹富を愛す)・石垣昭子(西表から次代を視つめる)・新絹枝(石垣島に機の音を)・慶田盛英子(小浜の宝 シマアイと共に)・角田麗子(与那国で手仕事を授かる)・島仲由美子・吉澤やよい(竹富の血を受け継いで)・崎原毅(南嶋の石垣に古布を残す)・請花裕子(しなやかな「結い」と与那国織)・寄合富(鳩間の教えに寄る人びと)・桃原民(開拓の地 大富を想う)・石垣市織物事業協同組合・松竹喜生子、新垣幸子(よみがえりの布 八重山上布)・戸眞伊擴(ヤマシャから大工まで)。
名工とも呼ぶべきこれらの方々を訪ね、敬意をこめてじっくりと耳を傾けている著者。その著者とまるで同じ空間にいるかのように、示唆に富むことばや細やかなしぐさが読む者に温かく伝わってくる。
おそらく名工たちは、長い時間語り、多くの所作や技法を実践的に示してくれたはずである。その中から心にしみる言葉や動作をしっかりと見極め、無駄のないスマートな文体で読者に届けてくれる。気の遠くなるような手間と時間をかけて手仕事に打ち込む人々の創作への意欲や気概、よろこびが読む者の心に響いてくる。
その方々の中で2007年に帰らぬ人となった森伸子さん、ユイ(結い)に国境はないと5年間に11回もインドに通い、八重山で授かった染織の技術を伝え続けた。54年の生涯は密度が濃く哲学的ですらあった。彼女の伝道師のような生き方が語られたのも本書ならではと思う。
また資料編も充実している。糸作りから染め、織りまでの総合的な知識がふんだんな写真を添えて、ていねいに説明されており楽しく学ぶことができる。
本書は「手技へのゆるがぬ誇りを礎とし、簡素質実に生きる八重山人から私は目が離せない」ということばで結ばれている。これからも著者の好奇心や審美眼、探求心は飽くことなく八重山の魅力を見いだし続け、類いまれな文才によって私たちに語ってくれるものと期待している。生き方に迫る「島の手仕事」、ぜひ多くの人に手にとっていただきたいと思う。
2016年1月31日『八重山毎日新聞』
八重山染織携わる思い
本書は月刊「やいま」に2007年から3年間「八重山の染織」と題し連載された文章を主として1冊の本に纏(まと)め出版されたものである。八重山の生活の中にある染織文化の本質を語ると評され、15年に「南山舎やいま文化大賞」、16年に「沖縄タイムス出版文化賞正賞」を相次いで受賞した。
かつて八重山では織物は人頭税であり、琉球王府に納める貢納布として織られ、命を削る仕事であった。今、織物は八重山の島々に息づく手仕事としてある。本書は八重山の島々に住み、受け継がれた染織に生きる人々にスポットを当て、染織の今を丹念な取材をもとに、それぞれの人生のありようをも丁寧に綴っている。
各章のプロローグの見出しに続く六行詩には、人々の手仕事とともにある凝縮された人生がうたわれ、著者の手仕事に生きる一人一人への想(おも)いがみてとれる。
島々では苧麻(ちょま)や芭蕉(ばしょう)を育て糸を積み、島の恵みの藍を建て染織に勤(いそ)しむ。作意とはかけ離れ、糸に聞き、藍に尋ねる物づくりである。都会から西表島に移住した著者は、手仕事に寄り添いながらありのままに生きる人々の姿を、真摯(しんし)に感動的に捉え紹介している。家族のためにクンズンを織る人、ミンサーフの復興に取り組んだ方々、島の空気を布に織り込む人、シマアイに心を砕く者、皆島の自然に育まれ、先人の智恵を頂き、暮らしの中にある染織に生かされている。
本書は全編を通して手仕事への賛歌であり、手仕事とともに心豊かに生きる人々への共感が、現代を生き抜く標(しるべ)となるであろうことを示唆している。
差し込まれた写真が実に良い。そこには八重山がある。神を祀(まつ)り、祖先を敬い穏やかに暮らす人々がいる。文章と相まって八重山の原風景がある。
著者の実技者としての視点で捉えた染めること、織ることの実際的な説明も数多く見られ、染織に携わる者には小さな疑問への答えもある。
資料編は八重山の織物全般が写真も添えて詳しく説明されていて分かりやすく、八重山織物の参考書として活用できる。
2016年1月16日『沖縄タイムス』
安本 千夏(やすもと ちか)
1965年生まれ。東京都出身。1986年、青山学院女子短期大学児童教育専攻科卒業。幼稚園教諭、保育士を経て1998年に西表島に移住。著書『潮を開く舟サバニ』(南山舎)、共著『ミンサー全書』(編集・発行「あざみ屋・ミンサー記念事業」委員会)。
仕様:A5判 上製本 384頁
発行:南山舎